私は、日本人です。しかし、私が日本人であることはどのように規定されているのでしょうか。日本人とは何でしょうか。今回は、このことについて考えてみようと思います。日本人は、日本語を用います。日本人は、日本国籍を持っています。しかしこのことは、ある人間が日本人であることを保証するのでしょうか。そうではない、と私は思います。たとえ日本語を話していても日本国籍を持っていても、そのことが日本人を規定するわけではありません。日本人としての誇りを持たなければ、日本人であるとは言えないと私は思います。日本や日本人の事を否定したり馬鹿にしたりする人々のことを許すことは出来ません。戦後教育は、米国の公用語である英語を教え、日本軍が残虐な侵略行為を行ったと教えることを当然としてきました。そして、GHQの指導によって日本に素晴らしい憲法が完成したのだ、と教えられてきました。個人的には、私は日本国憲法が素晴らしいなどとは全く思っていません。大日本帝国憲法にしても然りです。私が最も尊敬するのは、聖徳太子が制定した十七条憲法です。私は、十七条憲法が真の日本人の心のふるさとだと思っています。日本国憲法はいわゆる平和主義を謳っていますが、もしもこれから世界が真の平和を目指すならば、西欧の列強諸国がアジア、アフリカ、南北アメリカ大陸、カリブ海の島々、太平洋の島々に対し今まで行ってきた事をありのままに伝える歴史教育が行われなければならないと私は思います。スペイン、ポルトガル、イギリス、フランス、オランダなどの西欧の宗主国は、従来から先住民の人々が平和に暮らしていた地域を次々と植民地獲得競争に利用しました。それが始まったのは、15世紀から16世紀頃のことです。当時オスマン朝の高い関税に困っていた西欧の列強諸国は、新たな交易ルートとしてヨーロッパの外に捌け口を見出しました。スペインとポルトガルは他のヨーロッパ諸国に先駆けていち早く、アジアやアフリカ、アメリカ大陸に到着し、先住民の人々が持っていた富を強奪しました。その際に列強諸国が依拠した論理は、「早い者勝ち」という論理に他なりません。またカリブ海地域においては、先住民は戦いや病気によって全員が亡くなり、アフリカ大陸から何百万人という奴隷が連れて来られました。そして、ごく少数のイギリス人が植民地統治を行いました。これは、人類の歴史上例を見ない「人口の総入れ替え」でした。また、フランスは現在でも「海外県」と呼ばれる植民地を持っています。このような事実を、戦後教育を受けた日本人の内の一体どれだけの人が理解しているのでしょうか。フランスが現在も植民地を持っているという事実をどれだけの人が知っているのでしょうか。このような事実を理解せずに、未だに西欧から押し付けられた歴史観を日本の学校教育が鵜呑みにしていることに私は驚きを隠せません。そもそも日本国憲法が謳っている平和主義は、アメリカをはじめとする連合国からの日本に対する要求に他なりません。日本だけが武装解除すれば世界は平和になるといったことは当然あり得ません。どこにそのような根拠が存在するというのでしょうか。連合国は言うまでもなく、日本にもう二度と武器を持たせたり戦争をさせたりしたくなかったのです。まず日本を非武装化することが、連合国側の最大の関心の的であったことは確かです。このようにして、戦後の歴史は「勝者の歴史」として教えられてきたのです。しかし、婦人運動家であるエレノア・ルーズベルト(Eleanor Roosevelt)は、こう言いました。"No one won the last war, and no one will win the next war."(「前の戦争で勝った者は誰もいなかったし、この次の戦争だって、誰も勝ちはしないのです。」)彼女がこのように言うことが出来たのは、彼女自身が戦争の論理(勝者の論理)の可笑しさというものを身をもって実感していたからに他なりません。私は、勝者の歴史をスタンダードとして押し付けようとする者に対し徹底的に戦っていきます。そして、日本人であることに誇りを持って胸を張って生きていこうと思います。必要な事は、戦後教育なんかに負けてたまるかという気概です。西欧によって押し付けられた戦後教育によって自信をなくす必要など無いのです。チャレンジすることを恐れたら何も始まりません。最後は、ご先祖様に向けて私の日頃の感謝の気持ちを伝えようと思います。「ご先祖様。いつも私たちを見守って下さり、有難うございます。私たちが常日頃、新たなことに果敢に挑戦することが出来るのは、ご先祖様のおかげです。私たちは、ご先祖様が創ってこられた日本を受け継ぎ、更に素晴らしい日本を創ってまいります。ご先祖様に恥じない日本を必ず創ってまいります。そして、日本人であることに胸を張って生きてまいります。」